ります。地《つち》を這ひまして帰ります。其の方が、どれほどお情《なさけ》か分りませぬ。」
「はゝ、気まゝにするが可《よ》い、――然《さ》らば入交《いれかわ》つて、……武士《さむらい》、武士《さむらい》、愚僧に縋《すが》れ。」
「恐れながら、恐れながら拙者《せっしゃ》とても、片時《へんし》も早く、もとの人間に成りまして、人間らしく、相成《あいな》りたう存じます。峠《とうげ》を越えて戻ります。」
「心のまゝぢや。――御坊。」
と山伏《やまぶし》が式代《しきたい》した。
「お行者。」
「少時《しばらく》、少時《しばらく》何《ど》うぞ。」
と蹲《うずくま》りながら、手を挙げて、
「唯今《ただいま》、思ひつきました。此には海内《かいだい》第一のお関所がござります。拙者|券《てがた》を持ちませぬ。夜あけを待ちましても同じ儀ゆゑに……ハタと当惑を仕《つかまつ》ります。」
武士《さむらい》はきつぱり正気に返つた。
「仔細ない。久能山辺《くのうざんあたり》に於ては、森の中から、時々、(興津鯛《おきつだい》が食べたい、燈籠《とうろう》の油がこぼれるぞよ。)なぞと声の聞える事を、此辺《こんあたり》でも
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