《こ》うした場合の、江戸の将軍家――までもない、諸侯《だいみょう》の大奥と表《おもて》の容体《ようだい》に比較して見るが可《よ》い。
 で、藤の局《つぼね》の手で、隔てのお襖《ふすま》をスツと開《あ》ける。……其処《そこ》で、卿と御簾中《ごれんちゅう》が、一所《いっしょ》にお奥へと云ふ寸法であつた。
 傍《かたわら》とも云ふまい。片あかりして、冷《つめた》く薄暗い、其の襖際《ふすまぎわ》から、氷のやうな抜刀《ぬきみ》を提げて、ぬつと出た、身の丈《たけ》抜群な男がある。唯《と》、間《なか》二三|尺《じゃく》隔てたばかりで、ハタと藤の局と面《おもて》を合せた。
 局が、其の時、はつと袖屏風《そでびょうぶ》して、間《なか》を遮《さえぎ》ると斉《ひと》しく、御簾中の姿は、すつと背後向《うしろむき》に成つた――丈《たけ》なす黒髪が、緋《ひ》の裳《もすそ》に揺《ゆら》いだが、幽《かすか》に、雪よりも白き御横顔《おんよこがお》の気高さが、振向《ふりむ》かれたと思ふと、月影に虹《にじ》の影の薄れ行く趣《おもむき》に、廊下を衝《つつ》と引返《ひきかえ》さる。
「一《ひと》まづ。」
 と、局が声を掛けて、
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