十三、比野《ひの》の御簾中と同年であつた。半月ばかり、身にいたはりがあつて、勤《つとめ》を引いて引籠《ひきこも》つて居たのが、此の日|修法《しゅほう》ほどき、満願の御二方《おふたかた》の心祝《こころいわい》の座に列するため、久しぶりで髪容《かみかたち》を整へたのである。畳廊下《たたみろうか》に影がさして、艶麗《えんれい》に、然《しか》も軟々《なよなよ》と、姿は黒髪とともに撓《しな》つて見える。
 背後《うしろ》に……たとへば白菊《しらぎく》と称《とな》ふる御厨子《みずし》の裡《うち》から、天女《てんにょ》の抜出《ぬけい》でたありさまなのは、貴《あて》に気高い御簾中である。
 作者は、委《くわ》しく知らないが、此《これ》は事実ださうである。他《た》に女《め》の童《わらわ》の影もない。比野卿の御館《みたち》の裡《うち》に、此の時卿を迎ふるのは、唯《ただ》此の方《かた》たちのみであつた。
 また、修法の間《ま》から、脇廊下《わきろうか》を此方《こなた》へ参らるゝ資治卿の方は、佩刀《はかせ》を持つ扈従《こしょう》もなしに、唯《ただ》一人なのである。御家風《ごかふう》か質素か知らない。此の頃の恁
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