》ならぬ祈願のため、御館の密室に籠《こも》つて、護摩《ごま》の法を修《しゅ》せられた、其の結願《けちがん》の日であつた。冬の日は分けて短いが、まだ雪洞《ぼんぼり》の入らない、日暮方《ひくれがた》と云ふのに、滞《とどこお》りなく式が果てた。多日《しばらく》の精進潔斎《しょうじんけっさい》である。世話に云ふ精進落《しょうじんおち》で、其辺《そのへん》は人情に変りはない。久しぶりにて御休息のため、お奥に於て、厚き心構《こころがまえ》の夕餉《ゆうがれい》の支度が出来た。
其処《そこ》で、御簾中《ごれんちゅう》が、奥へ御入《おんい》りある資治卿を迎《むかえ》のため、南御殿《みなみごてん》の入口までお立出《たちいで》に成る。御前《おんまえ》を間《あわい》三|間《げん》ばかりを隔《へだ》つて其の御先払《おさきばらい》として、袿《うちぎ》、紅《くれない》の袴《はかま》で、裾《すそ》を長く曳《ひ》いて、静々《しずしず》と唯《ただ》一人、折《おり》から菊、朱葉《もみじ》の長廊下《ながろうか》を渡つて来たのは藤《ふじ》の局《つぼね》であつた。
此《こ》の局は、聞えた美女で、年紀《とし》が丁《ちょう》ど三
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