伸び/\とした鼻の下を漸《やっ》と縮めたのは、大《おおき》な口を開《あ》けて呆《あき》れたので。薩摩は此処《ここ》から何千里あるだい、と反対《あべこべ》に尋ねたのである。少年も少し心着《こころづ》いて、此処《ここ》は何処《どこ》だらう、と聞いた時、はじめて知つた。木曾の山中《やまなか》であつたのである。
此処《ここ》で、二人で、始めて鷲の死体を見た。
麓《ふもと》へ連下《つれくだ》つた木樵が、やがて庄屋《しょうや》に通じ、陣屋に知らせ、郡《こおり》の医師を呼ぶ騒ぎ。精神にも身体《からだ》にも、見事異状がない。――鹿児島まで、及ぶべきやうもないから、江戸の薩摩屋敷まで送り届けた。
朝|五《いつ》つ時《どき》、宙に釣《つ》られて、少年が木曾|山中《さんちゅう》で鷲の爪を離れたのは同じ日の夕《ゆうべ》。七つ時、間《あいだ》は五時《いつとき》十時間である。里数は略《ほぼ》四百里であると言ふ。
――鷲でさへ、まして天狗《てんぐ》の業《わざ》である。また武士《さむらい》が刀を抜いて居たわけも、此の辺で大抵想像が着くであらう。――
ものには必ず対《つい》がある、序《ついで》に言はう。――是
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