見た時、此の沈勇《ちんゆう》なる少年は、脇指を引抜《ひきぬ》きざまにうしろ突《づき》にザクリと突く。弱る処《ところ》を、呼吸《いき》もつかせず、三刀《みかたな》四刀《よかたな》さし通したので、弱果《よわりは》てて鷲が仰向《あおむ》けに大地に伏す、伏しつつ仰向けに飜《ひるがえ》る腹に乗つて、柔《やわらか》い羽根蒲団《はねぶとん》に包まれたやうに、ふはふはと落ちた。
恰《あたか》も鷲の腹からうまれたやうに、少年は血を浴びて出たが、四方、山また山ばかり、山嶽《さんがく》重畳《ちょうじょう》として更に東西を弁《べん》じない。
とぼ/\と辿《たど》るうち、人間の木樵《きこり》に逢《あ》つた。木樵は絵の如く斧《おの》を提げて居る。進んで礼して、城下を教へてと言つて、且《か》つ道案内《みちあんない》を頼むと、城下とは何んぢやと言つた。お城を知らないか、と言ふと、知んねえよ、とけろりとして居る。薄給でも其の頃の官員の忰《せがれ》だから、向う見ずに腹を立てて、鹿児島だい、と大きく言ふと、鹿児島とは、何処《どこ》ぢやと言ふ。おのれ、日本《にっぽん》の薩摩国《さつまのくに》鹿児島を知らぬかと呼ばはると、
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