者《くせもの》の手を引張つて遠ざかつた。
吻《ほっ》と呼吸《いき》して、面《おもて》の美しさも凄《すご》いまで蒼白《あおじろ》く成りつつ、階《きざはし》に、紅《くれない》の袴《はかま》をついた、お局《つぼね》の手を、振袖《ふりそで》で抱いて、お腰元の千鳥は、震へながら泣いて居る。いまの危《あやう》さを思ふにつけ、安心の涙である。
下々《しもじも》の口から漏《も》れて、忽《たちま》ち京中《きょうちゅう》洛中《らくちゅう》は是沙汰《これさた》だが――乱心ものは行方が知れない。
二
「やあ、小法師《こほうし》。……」
こゝで読者に、真夜中の箱根の山を想像して頂きたい。同時に、もみぢと、霧《きり》と、霜《しも》と、あの蘆《あし》の湖《こ》と、大空の星とを思ひ浮べて頂きたい。
繰返して言ふが、文政《ぶんせい》初年|霜月《しもつき》十日の深夜なる、箱根の奥の蘆の湖の渚《なぎさ》である。
霧は濃くかゝつたが、関所は然《さ》まで遠くない。峠《とうげ》も三島寄《みしまより》の渚に、憚《はばか》らず、ばちや/\と水音《みずおと》を立てるものがある。さみしさも静けさも、霜に星の
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