、悦気《えつき》満面に満ち溢《あふ》れて、うな、うな、と笑いつつ、頻《しき》りにものを言い懸けたり。
お通はかねて忌嫌《いみきら》える鼻がものいうことなれば、冷然として見も返らず。老媼は更に取合ねど、鼻はなおもずうずうしく、役にも立たぬことばかり句切もなさで饒舌《しゃべり》散《ち》らす。その懊悩《うるさ》さに堪えざれば、手を以て去れと命ずれど、いっかな鼻は引込《ひっこ》まさぬより、老媼はじれてやっきとなり、手にしたる針の尖《さき》を鼻の天窓《あたま》に突立てぬ。
あわれ乞食僧は留《とどめ》を刺されて、「痛し。」と身体《からだ》を反返《そりかえ》り、涎《よだれ》をなすりて逸物《いちもつ》を撫廻《なでまわ》し撫廻し、ほうほうの体《てい》にて遁出《にげいだ》しつ。走り去ること一町ばかり、俄然《がぜん》留《とどま》り振返り、蓮池を一つ隔てたる、燈火《ともしび》の影を屹《きっ》と見し、眼《まなこ》の色はただならで、怨毒《えんどく》を以て満たされたり。その時乞食僧は杖《つえ》を掉上《ふりあ》げ、「手段のいかんをさえ問わざれば何の望《のぞみ》か達せざらむ。」
かくは断乎《だんこ》として言放ち、
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