大地をひしと打敲《うちたた》きつ、首を縮め、杖をつき、徐《おもむ》ろに歩を回《めぐ》らしける。
 その背後《うしろ》より抜足差足、密《ひそか》に後をつけて行《ゆ》く一人《いちにん》の老媼あり。これかのお通の召使が、未《いま》だ何人《なんぴと》も知り得ざる蝦蟇法師の居所を探りて、納涼台《すずみだい》が賭物《かけもの》したる、若干の金子《きんす》を得むと、お通の制《とど》むるをも肯《き》かずして、そこに追及したりしなり。呼吸《いき》を殺して従い行《ゆ》くに、阿房《あほう》はさりとも知らざる状《さま》にて、殆《ほとん》ど足を曳摺《ひきず》る如く杖に縋《すが》りて歩行《あゆ》み行《ゆ》けり。
 人里を出離《いではな》れつ。北の方角に進むことおよそ二町ばかりにて、山尽きて、谷となる。ここ嶮峻《けんしゅん》なる絶壁にて、勾配《こうばい》の急なることあたかも一帯の壁に似たり、松杉を以て点綴《てんてつ》せる山間の谷なれば、緑樹|長《とこしえ》に陰をなして、草木が漆黒の色を呈するより、黒壁とは名附くるにて、この半腹の洞穴《どうけつ》にこそかの摩利支天は祀《まつ》られたれ。
 遥《はる》かに瞰下《みおろ》
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