す幽谷は、白日闇《はくじつあん》の別境にて、夜昼なしに靄《もや》を籠《こ》め、脚下に雨のそぼ降る如く、渓流暗に魔言を説きて、啾々《しゅうしゅう》たる鬼気人を襲う、その物凄《ものすご》さ謂《い》わむ方なし。
まさかこことは想わざりし、老媼は恐怖の念に堪えず、魑魅魍魎《ちみもうりょう》隊をなして、前途に塞《ふさが》るとも覚しきに、慾《よく》にも一歩を移し得で、あわれ立竦《たちすくみ》になりける時、二点の蛍光|此方《こなた》を見向き、一喝して、「何者ぞ。」掉冠《ふりかむ》れる蝦蟇法師の杖の下《もと》に老媼は阿呀《あわや》と蹲踞《うずくま》りぬ。
蝦蟇法師は流眄《しりめ》に懸け、「へ、へ、へ、うむ正に此奴《こやつ》なり、予が顔を傷附けたる、大胆者、讐返《しかえし》ということのあるを知らずして」傲然《ごうぜん》としてせせら笑う。
これを聞くより老媼はぞっと心臓まで寒くなりて、全体|氷柱《つらら》に化したる如く、いと哀れなる声を発して、「命ばかりはお助けあれ。」とがたがた震えていたりける。
四
さるほどに蝦蟇法師《がまほうし》はあくまで老媼《おうな》の胆《きも》を奪いて、
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