わしきを、蝦蟇法師は左瞻右視《とみこうみ》、或《あるい》は手を掉《ふ》り、足を爪立《つまだ》て、操人形が動くが如き奇異なる身振《みぶり》をしたりとせよ、何思いけむ踵《くびす》を返し、更に迂回《うかい》して柴折戸《しおりど》のある方《かた》に行《ゆ》き、言葉より先に笑懸けて、「暖き飯一|膳《ぜん》与えたまえ、」と巨《おおい》なる鼻を庭前《にわさき》へ差出しぬ。
未《いま》だ乞食僧を知らざる者の、かかる時不意にこの鼻に出会いなば少なくとも絶叫すべし、美人はすでに渠《かれ》を知れり。且つその狂か、痴《ち》か、いずれ常識無き阿房《あほう》なるを聞きたれば、驚ける気色も無くて、行水に乱鬢《みだれびん》の毛を鏡に対して撫附《なでつ》けいたりけり。
蝦蟇法師はためつすがめつ、さも審《いぶ》かしげに鼻を傾けお通が為《な》せる業《わざ》を視《なが》めたるが、おかしげなる声を発し、「それは」と美人の手にしたる鏡を指して尋ねたり。妙なることを聞く者よとお通はわずかに見返りて、「鏡」とばかり答えたり。阿房はなおも推返《おしかえ》して、「何《なん》の用にするぞ」と問いぬ。「姿を映して見るものなり、御僧《おん
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