きが如く、もし掌《たなそこ》を以て鼻を蔽《おお》えば、乞食僧の顔は隠れ去るなり。人ありて遠くより渠《かれ》を望む時は、鼻が杖《つえ》を突きて歩むが如し。
 乞食僧は一条の杖を手にして、しばらくもこれを放つことなし。
 杖は※[#「かぎかっこ、「、の左右反転」、137−5]状《かぎのて》の自然木《じねんぼく》なるが、その曲りたる処に鼻を凭《も》たせつ、手は後様《うしろざま》に骨盤の辺《あたり》に組み合せて、所作なき時は立ちながら憩いぬ。要するに吾人《ごじん》が腰掛けて憩うが如く、乞食僧にありては、杖が鼻の椅子《いす》なりけり。
 奇絶なる鼻の持主は、乞丐《きっかい》の徒には相違なきも、強《あなが》ち人の憐愍《れんみん》を乞わず、かつて米銭の恵与を強いしことなし。喜捨する者あれば鷹揚《おうよう》に請取ること、あたかも上人が檀越《だんえつ》の布施を納むるが如き勿体《もったい》振りなり。
 人もしその倨傲《きょごう》なるを憎みて、些《さ》の米銭を与えざらむか、乞食僧は敢《あえ》て意となさず、決してまた餓《う》えむともせず。
 この黒壁には、夏候《かこう》一|疋《ぴき》の蚊もなしと誇るまでに、蝦
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