し後法師の鼻は甚だ威勢あるものとなりて、暗裡《あんり》人をして恐れしめ、自然黒壁を支配せり。こは一般に老若《ろうにゃく》が太《いた》く魔僧を忌憚《いみはばか》かり、敬して遠ざからむと勤めしよりなり、誰《たれ》か妖星《ようせい》の天に帰して、眼界を去らむことを望まざるべき。
 ここに最もそのしからむことを望む者は、蝦蟇と、清川お通となり。いかんとなればあまたの人の嫌悪に堪えざる乞食僧の、黒壁に出没するは、蝦蟇とお通のあるためなりと納涼台《すずみだい》にて語り合えるを美人はふと聞噛《ききかじ》りしことあればなり、思うてここに到る毎《ごと》に、お通は執心の恐しさに、「母上、母上」と亡母を念じて、己《おの》が身辺に絡纏《まつわ》りつつある淫魔《いんま》を却《しりぞ》けられむことを哀願しき。お通の心は世に亡き母の今もその身とともに在《おわ》して、幼少のみぎりにおけるが如くその心願を母に請えば、必ず肯《き》かるべしと信ずるなり。
 さりながらいかにせむ、お通は遂《つい》に乞食僧の犠牲にならざるべからざる由老媼の口より宣告されぬ。
 前日、黒壁に賁臨《ふんりん》せる蝦蟇法師への貢《みつぎ》として、こ
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