ながら、駒下駄を軽く、褄《つま》をはらはらとちと急いで来た。
 と見ると、左側から猶予《ため》らわないで、真中《まんなか》へ衝《つ》と寄って、一帆に肩を並べたのである。
 なよやかな白い手を、半ば露顕《あらわ》に、飜然《ひらり》と友染の袖を搦《から》めて、紺蛇目傘をさしかけながら、
「貴下《あなた》、濡れますわ。」
 と言う。瞳が、動いて莞爾《にっこり》。留南奇《とめき》の薫《かおり》が陽炎《かげろう》のような糠雨《ぬかあめ》にしっとり籠《こも》って、傘《からかさ》が透通るか、と近増《ちかまさ》りの美しさ。
 一帆の濡れた額は快よい汗になって、
「いいえ、構わない、私は。」
 と言った、がこれは心から素気《そっけ》のない意味ではなかった。
「だって、召物が。」
「何、外套《がいとう》を着ています。」
 と別に何の知己《ちかづき》でもない女に、言葉を交わすのを、不思議とも思わないで、こうして二言三言、云う中《うち》にも、つい、さしかけられたままで五足六足《いつあしむあし》。花の枝を手に提げて、片袖重いような心持で、同じ傘《からかさ》の中を歩行《ある》いた。
「人が見ます。」
 どうして見
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