溝へ落ちたような心持ちで、電車を下りると、大粒ではないが、引包《ひッつつ》むように細かく降懸《ふりかか》る雨を、中折《なかおれ》で弾《はじ》く精もない。
鼠の鍔《つば》をぐったりとしながら、我慢に、吾妻橋の方も、本願寺の方も見返らないで、ここを的《あて》に来たように、素直《まっすぐ》に広小路を切って、仁王門を真正面《まっしょうめん》。
濡れても判明《はっきり》と白い、処々むらむらと斑《ふ》が立って、雨の色が、花簪《はなかんざし》、箱狭子《はこせこ》、輪珠数《わじゅず》などが落ちた形になって、人出の混雑を思わせる、仲見世の敷石にかかって、傍目《わきめ》も触《ふ》らないで、御堂《みどう》の方《かた》へ。
そこらの豆屋で、豆をばちばちと焼く匂《におい》が、雨を蒸して、暖かく顔を包む。
その時、広小路で、電車の口から颯《さっ》と打った網の末《すそ》が一度、混雑の波に消えて、やがて、向《むき》のかわった仲見世へ、手元を細くすらすらと手繰寄せられた体《てい》に、前刻《さっき》の女が、肩を落して、雪かと思う襟脚細く、紺蛇目傘《こんじゃのめ》を、姿の柳に引掛《ひっか》けて、艶《つや》やかにさし
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