《ゆ》くと、すぼめて、軽く手に提げたのは、しょんぼり濡れたも好《い》いものを、と小唄で澄まして来る。皆足どりの、忙《せわ》しそうに見えないのが、水を打った花道で、何となく春らしい。
 電車のちょっと停《と》まったのは、日本橋|通《とおり》三丁目の赤い柱で。
 今言ったその運転手台へ、鮮麗《あざやか》に出た女は、南部の表つき、薄形の駒下駄《こまげた》に、ちらりとかかった雪の足袋、紅羽二重《こうはぶたえ》の褄捌《つまさば》き、柳の腰に靡《なび》く、と一段軽く踏んで下りようとした。
 コオトは着ないで、手に、紺蛇目傘《こんじゃのめ》の細々と艶のあるを軽く持つ。
 ちょうど、そこに立って、電車を待合わせていたのが、舟崎《ふなざき》という私の知己《ちかづき》――それから聞いたのをここに記す。
 舟崎は名を一帆《かずほ》といって、その辺のある保険会社のちょっといい顔で勤めているのが、表向は社用につき一軒廻って帰る分。その実は昨夜《ゆうべ》の酒を持越しのため、四時びけの処を待兼ねて、ちと早めに出た処、いささか懐中に心得あり。
 一旦《いったん》家《うち》へ帰ってから出直してもよし、直ぐに出掛けても怪
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