しゅうはあらず、またと……誰か誘おうかなどと、不了簡《ふりょうけん》を廻《めぐ》らしながら、いつも乗って帰る処は忘れないで、件《くだん》の三丁目に彳《たたず》みつつ、時々、一粒ぐらいぼつりと落ちるのを、洋傘《こうもり》の用意もないに、気にもしないで、来るものは拒まず……去るものは追わずの気構え。上野行、浅草行、五六台も遣過《やりす》ごして、硝子戸越《がらすどご》しに西洋|小間《こま》ものを覗《のぞ》く人を透かしたり、横町へ曲るものを見送ったり、頻《しき》りに謀叛気《むほんぎ》を起していた。
 処へ……
 一目その艶《えん》なのを見ると、なぜか、気疾《きばや》に、ずかずかと飛着いて、下りる女とは反対の、車掌台の方から、……早や動出《うごきだ》す、鉄の棒をぐいと握って、ひらりと乗ると、澄まして入った。が、何のためにそうしたか、自分でもよくは分らぬ。
 そこにぼんやりと立った状《さま》を、女に見られまいと思った見栄か、それとも、その女を待合わしてでもいたように四辺《あたり》の人に見らるるのを憚《はばか》ったか。……しかし、実はどちらでもなかった、と渠《かれ》は云う。
 乗合いは随分|立籠《た
前へ 次へ
全29ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング