て言う。一帆はいささか覚悟はしていた。
「ああ。」
 とわざと鷹揚《おうよう》に、
「幾干《いくら》ばかり。」
「十枚。」
 と胸を素直《まっすぐ》にした、が、またその姿も佳《よ》かった。
「ちょいと、買物がしたいんですから。」
「お持ちなさい。」
 この時、一帆は背後《うしろ》に立った田舎ものの方を振向いた。皆《みんな》、きょろりきょろりと視《なが》めた。
 女は、帯にも突込《つっこ》まず、一枚|掌《たなそこ》に入れたまま、黙って、一帆に擦違《すれちが》って、角の擬宝珠《ぎぼしゅ》を廻って、本堂正面の階段の方へ見えなくなる。
 大方、仲見世へ引返したのであろう、買物をするといえば。
 さて何をするか、手間の取れる事一通りでない。
 煙草《たばこ》ももう吸い飽きて、拱《こまぬ》いてもだらしなく、ぐったりと解ける腕組みを仕直し仕直し、がっくりと仰向《あおむ》いて、唇をペろぺろと舌で嘗《な》める親仁《おやじ》も、蹲《しゃが》んだり立ったりして、色気のない大欠伸《おおあくび》を、ああとする茜《あかね》の新姐《しんぞ》も、まんざら雨宿りばかりとは見えなかった。が、綺麗《きれい》な姉様《あねさま
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