溝へ落ちたような心持ちで、電車を下りると、大粒ではないが、引包《ひッつつ》むように細かく降懸《ふりかか》る雨を、中折《なかおれ》で弾《はじ》く精もない。
鼠の鍔《つば》をぐったりとしながら、我慢に、吾妻橋の方も、本願寺の方も見返らないで、ここを的《あて》に来たように、素直《まっすぐ》に広小路を切って、仁王門を真正面《まっしょうめん》。
濡れても判明《はっきり》と白い、処々むらむらと斑《ふ》が立って、雨の色が、花簪《はなかんざし》、箱狭子《はこせこ》、輪珠数《わじゅず》などが落ちた形になって、人出の混雑を思わせる、仲見世の敷石にかかって、傍目《わきめ》も触《ふ》らないで、御堂《みどう》の方《かた》へ。
そこらの豆屋で、豆をばちばちと焼く匂《におい》が、雨を蒸して、暖かく顔を包む。
その時、広小路で、電車の口から颯《さっ》と打った網の末《すそ》が一度、混雑の波に消えて、やがて、向《むき》のかわった仲見世へ、手元を細くすらすらと手繰寄せられた体《てい》に、前刻《さっき》の女が、肩を落して、雪かと思う襟脚細く、紺蛇目傘《こんじゃのめ》を、姿の柳に引掛《ひっか》けて、艶《つや》やかにさしながら、駒下駄を軽く、褄《つま》をはらはらとちと急いで来た。
と見ると、左側から猶予《ため》らわないで、真中《まんなか》へ衝《つ》と寄って、一帆に肩を並べたのである。
なよやかな白い手を、半ば露顕《あらわ》に、飜然《ひらり》と友染の袖を搦《から》めて、紺蛇目傘をさしかけながら、
「貴下《あなた》、濡れますわ。」
と言う。瞳が、動いて莞爾《にっこり》。留南奇《とめき》の薫《かおり》が陽炎《かげろう》のような糠雨《ぬかあめ》にしっとり籠《こも》って、傘《からかさ》が透通るか、と近増《ちかまさ》りの美しさ。
一帆の濡れた額は快よい汗になって、
「いいえ、構わない、私は。」
と言った、がこれは心から素気《そっけ》のない意味ではなかった。
「だって、召物が。」
「何、外套《がいとう》を着ています。」
と別に何の知己《ちかづき》でもない女に、言葉を交わすのを、不思議とも思わないで、こうして二言三言、云う中《うち》にも、つい、さしかけられたままで五足六足《いつあしむあし》。花の枝を手に提げて、片袖重いような心持で、同じ傘《からかさ》の中を歩行《ある》いた。
「人が見ます。」
どうして見
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