一帆がその住居《すまい》へ志すには、上野へ乗って、須田町あたりで乗換えなければならなかったに、つい本町の角をあれなり曲って、浅草橋へ出ても、まだうかうか。
 もっとも、わざととはなしに、一帳場《ひとちょうば》ごとに気を注《つ》けたが、女の下りた様子はない。
 で、そこまで行《ゆ》くと、途中は厩橋《うまやばし》、蔵前《くらまえ》でも、駒形《こまがた》でも下りないで、きっと雷門まで、一緒に行《ゆ》くように信じられた。
 何だろう、髪のかかりが芸者でない。が、爪《つま》はずれが堅気《かたぎ》と見えぬ。――何だろう。
 とそんな事。……中に人の数を夾《はさ》んだばかり、つい同じ車に居るものを、一年《ひととせ》、半年、立続けに、こんがらかった苦労でもした中のように種々《いろいろ》な事を思う。また雲が濃く、大空に乱れ流れて、硝子窓《がらすまど》の薄暗くなって来たのさえ、確《しか》とは心着かぬ。
 が、蔵前を通る、あの名代《なだい》の大煙突から、黒い山のように吹出す煙が、渦巻きかかって電車に崩るるか、と思うまで凄《すさま》じく暗くなった。
 頸許《えりもと》がふと気になると、尾を曳《ひ》いて、ばらばらと玉が走る。窓の硝子を透《すか》して、雫《しずく》のその、ひやりと冷たく身に染むのを知っても、雨とは思わぬほど、実際|上《うわ》の空でいたのであった。
 さあ、浅草へ行《ゆ》くと、雷門が、鳴出したほどなその騒動《さわぎ》。
 どさどさ打《ぶち》まけるように雪崩《なだ》れて総立ちに電車を出る、乗合《のりあい》のあわただしさより、仲見世《なかみせ》は、どっと音のするばかり、一面の薄墨へ、色を飛ばした男女《なんにょ》の姿。
 風立つ中を群《むらが》って、颯《さっ》と大幅に境内から、広小路へ散りかかる。
 きちがい日和《びより》の俄雨《にわかあめ》に、風より群集が狂うのである。
 その紛れに、女の姿は見えなくなった。
 電車の内はからりとして、水に沈んだ硝子函《がらすばこ》、車掌と運転手は雨にあたかも潜水夫の風情に見えて、束《つか》の間《ま》は塵《ちり》も留めず、――外の人の混雑は、鯱《しゃち》に追われたような中に。――
 一帆は誰よりも後《おく》れて下りた。もう一人も残らないから、女も出たには違いない。

       三

 が、拍子抜けのした事は夥多《おびただ》しい。
 ストンと
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