》を待飽倦《まちあぐ》んだそうで、どやどやと横手の壇を下《お》り懸けて、
「お待遠《まちどお》だんべいや。」
と、親仁がもっともらしい顔色《かおつき》して、ニヤリともしないで吐《ほざ》くと、女どもは哄《どっ》と笑って、線香の煙の黒い、吹上げの沫《しぶき》の白い、誰彼《たそが》れのような中へ、びしょびしょと入って行《ゆ》く。
吃驚《びっくり》して、這奴等《しやつら》、田舎ものの風をする掏賊《すり》か、ポン引《ひき》か、と思った。軽くなった懐中《ふところ》につけても、当節は油断がならぬ。
その時分まで、同じ処にぼんやりと立って待ったのである。
六
早く下りよ、と段はそこに階《きざはし》を明けて斜めに待つ。自分に恥じて、もうその上は待っていられないまでになった。
端へ出るのさえ、後を慕って、紙幣《さつ》に引摺《ひきず》られるような負惜《まけおし》みの外聞があるので、角の処へも出ないでいた。なぜか、がっかりして、気が抜けて、その横手から下りて、路《みち》を廻るのも億劫《おっくう》でならぬので、はじめて、ふらふらと前へ出て、元の本堂前の廻廊を廻って、欄干について、前刻《さっき》来がけとは勢《いきおい》が、からりとかわって、中折《なかおれ》の鍔《つば》も深く、面《おもて》を伏せて、そこを伝う風も、我ながら辿々《たどたど》しかった。
トあの大提灯を、釣鐘が目前《めのまえ》へぶら下ったように、ぎょっとして、はっと正面へ魅《つま》まれた顔を上げると、右の横手の、広前《ひろまえ》の、片隅に綺麗に取って、時ならぬ錦木《にしきぎ》が一本《ひともと》、そこへ植わった風情に、四辺《あたり》に人もなく一人立って、傘《からかさ》を半開き、真白《まっしろ》な横顔を見せて、生際《はえぎわ》を濃く、美しく目迎えて莞爾《にっこり》した。
「沢山《たんと》、待たせてさ。」と馴々《なれなれ》しく云うのが、遅くなった意味には取れず、逆《さかさま》に怨《うら》んで聞える。
言葉戦い合《かな》うまじ、と大手を拡げてむずと寄って、
「どこにしましょう。」
「どちらへでも、貴下《あなた》のお宜《よろ》しい処が可《よ》うござんす。」
「じゃ、行く処へいらっしゃい。」
「どうぞ。」
ともう、相合傘の支度らしい、片袖を胸に当てる、柄よりも姿が細《ほっそ》りする。
丈がすらりと高島田で、並ぶ
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