年を経たりけむ、天日《てんじつ》を蔽隠《おおひかく》して昼|猶《なほ》闇《くら》き大藪なれば、湿地に生ずる虫どもの、幾万とも知れず群《むらが》り出でて、手足に取着き、這懸《はいかゝ》り、顔とも謂はず、胸とも謂はず、むず/\と往来しつ、肌を嘗《な》められ、血を吸はるゝ苦痛は云ふべくもあらざれば、悶《もだ》え苦《くるし》み、泣き叫びて、死なれぬ業《ごふ》を歎《なげ》きけるが、漸次《しだい》に精《せい》尽《つ》き、根《こん》疲れて、気の遠くなり行くにぞ、渠《かれ》が最も忌嫌《いみきら》へる蛇《へび》の蜿蜒《のたる》も知らざりしは、せめてもの僥倖《げうかう》なり、されば玉《たま》の緒《を》の絶えしにあらねば、現《うつゝ》に号泣《がうきふ》する糸より細き婦人《をんな》の声は、終日《ひねもす》休《や》む間《ひま》なかりしとぞ。
 其日も暮れ、夜《よ》に入りて四辺《あたり》の静《しづか》になるにつれ、お村が悲喚《ひくわん》の声|冴《さ》えて眠り難《がた》きに、旗野の主人も堪兼《たまりか》ね、「あら煩悩《うるさ》し、いで息の根を止めむず」と藪の中に走入《はしりい》り、半死半生の婦人《をんな》を引出《ひ
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