皆眠りて知れるは絶えてあらざりき。「かまへて人に語るべからず。執成立《とりなしだて》せば面倒なり」と主人はお春を警《いまし》めぬ。お村が苦痛はいかばかりなりけむ、「あら苦し、堪難《たへがた》や、あれよ/\」と叫びたりしが、次第にものも得《え》謂はずなりて、夜も明方に到りては、唯《ただ》泣く声の聞えしのみ、されば家内の誰彼《たれかれ》は藪の中とは心着《こゝろづ》かで、彼《か》の不開室《あかずのま》の怪異とばかり想ひなし、且《かつ》恐れ且|怪《あやし》みながら、元来泣声ある時は、目出度《めでた》きことの兆候《きざし》なり、と言伝《いひつた》へたりければ、「いづれも吉兆に候《さふら》ひなむ」と主人を祝せしぞ愚《おろか》なりける。午前《ひる》少しく前のほど、用人の死骸を発見《みいだ》したる者ありて、上を下へとかへせしが、主人は少しも騒ぐ色なく、「手討《てうち》にしたり」とばかりにて、手続《てつゞき》を経てこと果てぬ。お村は昨夜《ゆうべ》の夜半より、藪の真中《まなか》に打込《うちこ》まれ、身動きだにもならざるに、酒の香《か》を慕《した》ひて寄来《よりく》る蚊《か》の群は謂ふも更《さら》なり、何十
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