《かな》ひけむ、うむと一声《ひとこゑ》呼吸《いき》出《い》でて、あれと驚き起返《おきかへ》る。
 主人はハツタと睨附《ねめつ》け、「畜生よ、男は一刀に斬棄《きりす》てたれど、汝《おのれ》には未《ま》だ為《せ》むやうあり」と罵《のゝし》り狂ひ、呆《あき》れ惑ふお村の黒髪を把《と》りて、廊下を引摺《ひきず》り縁側に連行《つれゆ》きて、有無を謂はせず衣服を剥取《はぎと》り、腰に纏《まと》へる布ばかりを許して、手足を堅く縛《いまし》めけり。
 お村は夢の心地ながら、痛さ、苦しさ、恥《はづか》しさに、涙に咽《むせ》び、声を震はせ、「こは殿にはものに狂はせ給《たま》ふか、何故《なにゆゑ》ありての御折檻《ごせつかん》ぞ」と繰返しては聞《きこ》ゆれども、此方《こなた》は憤恚《いかり》に逆上して、お村の言《ことば》も耳にも入らず、無二無三に哮立《たけりた》ち、お春を召して酒を取寄せ、己《おの》が両手に滴《したゝ》らしては、お村の腹に塗り、背に塗り、全身余さず酒漬《さけびたし》にして、其まゝ庭に突出《つきい》だし、竹藪の中に投入れて、虫責《むしぜめ》にこそしたりけれ。
 深夜の出来事なりしかば、内の者ども
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