たむ》け、聞けば聞くほど判然と疑《うたがひ》も無き我が名の山田「山田山田」と呼立つるが、囁く如く近くなり、叫ぶが如くまた遠くなる、南無阿弥陀仏コハ堪《たま》らじ。

     六

 今はハヤ須臾《しゆゆ》の間《ま》も忍び難《がた》し、臆病者と笑はば笑へ、恥も外聞も要《い》らばこそ、予は慌《あわたゞ》しく書斎を出でて奥座敷の方《かた》に駈行《かけゆ》きぬ。蓋《けだ》し松川の臥戸《ふしど》に身を投じて、味方を得ばやと欲《おも》ひしなり。
 既《すで》にして、松川が閨《ねや》に到れば、こはそもいかに彼《か》の泣声《なきごゑ》は正《まさ》に此室《このま》の裡《うち》よりす、予は入《はひ》るにも入《はひ》られず愕然《がくぜん》として襖《ふすま》の外に戦《わなな》きながら突立《つツた》てり。
 然《しか》るに松川は未《いま》だ眠らでぞある。鬱《うつ》し怒《いか》れる音調|以《も》て、「愛想《あいそ》の尽《つ》きた獣《けだもの》だな、汝《おのれ》、苟《いやし》くも諸生を教へる松川の妹でありながら、十二にもなつて何の事だ、何《ど》うしたらまたそんなに学校が嫌《いや》なのだ。これまで幾度《いくたび》と
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