信ずるなり。
寒さは寒し恐しさにがた/\震《ぶるひ》[#「がた/\震《ぶるひ》」は底本では「がた/\震 ぶるひ」]少しも止《や》まず、遂《つひ》に東雲《しのゝめ》まで立竦《たちすく》みつ、四辺《あたり》のしらむに心を安んじ、圧へたる戸を引開くれば、臥戸《ふしど》には藻脱《もぬけ》の殻のみ残りて我も婦人も見えざりけり。其夜《そのよ》の感情、よく筆に写すを得ず、いかむとなれば予は余りの恐しさに前後忘却したればなり。
然《さ》らでも前日の竹藪以来、怖気《おぢけ》の附《つ》きたる我なるに、昨夜《さくや》の怪異に胆《きも》を消し、もはや斯塾《しじゆく》に堪《たま》らずなりぬ。其日の中《うち》に逃帰《にげかへ》らむかと已《すで》に心を決せしが、さりとては余り本意《ほい》無し、今夜《こよひ》一夜《ひとよ》辛抱《しんばう》して、もし再び昨夜《ゆうべ》の如く婦人の来《きた》ることもあらば度胸を据《す》ゑて其《そ》の容貌と其《その》姿態《したい》とを観察せむ、あはよくば勇を震ひて言葉を交《かは》し試むべきなり。よしや執着の留《とゞま》りて怨《うらみ》を後世《こうせい》に訴ふるとも、罪なき我を何かせむ、
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