ねお》きて逃げむと急《あせ》るに、磐石一座《ばんじやくいちざ》夜着を圧して、身動きさへも得《え》ならねば、我あることを気取らるまじと、愚《おろか》や一縷《いちる》の鼻息《びそく》だもせず、心中に仏の御名《みな》を唱《とな》へながら、戦《わなゝ》く手足は夜着を煽《あふ》りて、波の如くに揺らめいたり。
 婦人は予を凝視《みつ》むるやらむ、一種の電気を身体《みうち》に感じて一際《ひときは》毛穴の弥立《よだ》てる時、彼は得もいはれぬ声を以《も》て「藪にて見しは此人《このひと》なり、テモ暖かに寝たる事よ」と呟《つぶや》けるが、まざ/\と聞《きこ》ゆるにぞ、気も魂も身に添はで、予は一竦《ひとすくみ》に縮みたり。
 斯《か》くて婦人が無体にも予が寝し衾《ふすま》をかゝげつゝ、衝《つ》と身を入るゝに絶叫して、護謨球《ごむだま》の如く飛上《とびあが》り、室《しつ》の外《おもて》に転出《まろびい》でて畢生《ひつせい》の力を籠《こ》め、艶魔《えんま》を封ずるかの如く、襖を圧《おさ》へて立ちけるまでは、自分《みずから》なせし業《わざ》とは思はず、祈念《きねん》を凝《こら》せる神仏《しんぶつ》がしかなさしめしを
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