》たる女の泣声《なきごえ》、針の穴をも通らむず糸より細く聞えにき。予は其《それ》を聞くと整《ひと》しく口をつぐみて悄気返《しよげかへ》れば、春雨《しゆんう》恰《あたか》も窓外に囁き至る、瀟々《せう/\》の音に和し、長吁《ちようう》短歎《たんたん》絶えてまた続く、婦人の泣音《きふおん》怪《あやし》むに堪へたり。

     五

「あれは何が泣くのでせう」と松川に問へば苦い顔して、談話《はなし》を傍《わき》へそらしたるにぞ推《お》しては問はで黙して休《や》めり。ために折角《せつかく》の酔《ゑひ》は醒《さ》めたれども、酔うて席に堪《た》へずといひなし、予は寝室に退《しりぞ》きつ。思へば好事《よきこと》には泣くとぞ謂《い》ふなる密閉室《あかずのま》の一件が、今宵|誕辰《たんしん》の祝宴に悠々《いう/\》歓《くわん》を尽《つく》すを嫉《ねた》み、不快なる声を発して其《その》快楽を乱せるならむか、あはれ忌《い》むべしと夜着《よぎ》を被《かぶ》りぬ。眼は眠れども神《しん》は覚めたり。
 寝られぬまゝに夜《よ》は更けぬ。時計一点を聞きて後《のち》、漸《やうや》く少しく眠気《ねむけ》ざし、精神|朦々《
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