疋《いつぴき》の蜘蛛|垂下《たれさが》り、お春の頬に取着《とりつ》くにぞ、あと叫びて立竦《たちすく》める、咽喉《のんど》を伝ひ胸に入り、腹より背《せな》に這廻《はひまは》れば、声をも得《え》立てず身を悶《もだ》え虚空《こくう》を掴《つか》みて苦《くるし》みしが、はたと僵《たふ》れて前後を失ひけり。夜更《よふけ》の事とて誰《たれ》も知らず、朝《あした》になりて見着《みつ》けたる、お春の身体《からだ》は冷たかりき、蜘蛛の這《は》へりし跡やらむ、縄にて縊《くび》りし如く青き条《すぢ》をぞ画《ゑが》きし。
 眼前《まのあたり》お春が最期《さいご》を見てしより、旗野の神経|狂出《くるひだ》し、あらぬことのみ口走りて、一月余《ひとつきあまり》も悩みけるが、一夜《あるよ》月の明《あきら》かなりしに、外方《とのかた》に何やらむ姿ありて、旗野をおびき出《いだ》すが如く、主人《あるじ》は居室《ゐま》を迷出《まよひい》でて、漫《そゞ》ろに庭を※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1−84−33]※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]《さまよ》ひしが、恐しき声を発して、おのれ! といひさま刀を抜き、竹藪に躍蒐
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