全身《ぜんしん》黒《くろ》く痩《や》せて、鼻《はな》隆《たか》く、眉《まゆ》濃《こ》く、耳許《みゝもと》より頤《おとがひ》、頤《おとがひ》より鼻《はな》の下《した》まで、短《みじか》き髭《ひげ》は斑《まだら》に生《お》ひたり。懸《か》けたる袈裟《けさ》の色《いろ》は褪《あ》せて、法衣《ころも》の袖《そで》も破《やぶ》れたるが、服裝《いでたち》を見《み》れば法華宗《ほつけしう》なり。甲板《デツキ》の片隅《かたすみ》に寂寞《じやくまく》として、死灰《しくわい》の如《ごと》く趺坐《ふざ》せり。
加越地方《かゑつちはう》は殊《こと》に門徒眞宗《もんとしんしう》、歸依者《きえしや》多《おほ》ければ、船中《せんちう》の客《きやく》も又《また》門徒《もんと》七八|分《ぶ》を占《し》めたるにぞ、然《さ》らぬだに忌《いま》はしき此《こ》の「一人坊主《ひとりばうず》」の、別《わ》けて氷炭《ひようたん》相容《あひい》れざる宗敵《しうてき》なりと思《おも》ふより、乞食《こつじき》の如《ごと》き法華僧《ほつけそう》は、恰《あたか》も加能丸《かのうまる》の滅亡《めつばう》を宣告《せんこく》せむとて、惡魔《あくま
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