よろ》しいか/\。南無《なむ》、」
 と一聲《ひとこゑ》、高《たか》らかに題目《だいもく》を唱《とな》へも敢《あ》へず、法華僧《ほつけそう》は身《み》を躍《をど》らして海《うみ》に投《とう》ぜり。
「身投《みなげ》だ、助《たす》けろ。」
 船長《せんちやう》の命《めい》の下《もと》に、水夫《すいふ》は一躍《いちやく》して難《なん》に赴《おもむ》き、辛《から》うじて法華僧《ほつけそう》を救《すく》ひ得《え》たり。
 然《しか》りし後《のち》、此《こ》の(一人坊主《ひとりばうず》)は、前《さき》とは正反對《せいはんたい》の位置《ゐち》に立《た》ちて、乘合《のりあひ》をして却《かへ》りて我《われ》あるがために船《ふね》の安全《あんぜん》なるを確《たしか》めしめぬ。
 如何《いかん》となれば、乘客等《じようかくら》は爾《しか》く身《み》を殺《ころ》して仁《じん》を爲《な》さむとせし、此《この》大聖人《だいせいじん》の徳《とく》の宏大《くわうだい》なる、天《てん》は其《そ》の報酬《はうしう》として渠《かれ》に水難《すゐなん》を與《あた》ふべき理由《いはれ》のあらざるを斷《だん》じ、恁《かゝ》る聖
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