居《ゐ》られる。
又《また》死《し》んでも極樂《ごくらく》へ確《たしか》に行《ゆ》かれる身《み》ぢやと固《かた》く信《しん》じて居《ゐ》る者《もの》は、恁《かう》云《い》ふ時《とき》には驚《おどろ》かぬ。
まあ那樣事《そんなこと》は措《お》いて、其時《そのとき》船《ふね》の中《なか》で、些《ちつ》とも騷《さわ》がぬ、いやも頓《とん》と平氣《へいき》な人《ひと》が二人《ふたり》あつた。美《うつく》しい娘《むすめ》と可愛《かはい》らしい男《をとこ》の兒《こ》ぢや。※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、9−3]弟《きやうだい》と見《み》えてな、似《に》て居《ゐ》ました。
最初《さいしよ》から二人《ふたり》對坐《さしむかひ》で、人交《ひとまぜ》もせぬで何《なに》か睦《むつ》まじさうに話《はなし》をして居《ゐ》たが、皆《みんな》がわい/\言《い》つて立騷《たちさわ》ぐのを見《み》ようともせず、まるで別世界《べつせかい》に居《ゐ》るといふ顏色《かほつき》での。但《たゞ》金石間近《かないはまぢか》になつた時《とき》、甲板《かんぱん》の方《はう》に何《なに》か知《し》らん恐《おそろ》しい音《おと》がして、皆《みんな》が、きやツ!と叫《さけ》んだ時《とき》ばかり、少《すこ》し顏色《かほいろ》を變《か》へたぢや。別《べつ》に仔細《しさい》もなかつたと見《み》えて、其内《そのうち》靜《しづ》まつたが、※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、9−7]弟《きやうだい》は立《た》ちさうにもせず、まことに常《つね》の通《とほ》りに、澄《すま》して居《ゐ》たに因《よ》つて、餘《あま》り不思議《ふしぎ》に思《おも》うたから、其日《そのひ》難《なん》なく港《みなと》に着《つ》いて、※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、9−8]弟《きやうだい》が建場《たてば》の茶屋《ちやや》に腕車《くるま》を雇《やと》ひながら休《やす》んで居《ゐ》る處《ところ》へ行《い》つて、言葉《ことば》を懸《か》けて見《み》ようとしたが、其《その》子達《こだち》の氣高《けだか》さ!貴《たふと》さ! 思《おも》はず此《こ》の天窓《あたま》が下《さが》つたぢや。
そこで土間《どま》へ手《て》を支《つか》へて、「何《ど》ういふ御修行《ごしゆぎやう》が積《つ》んで、あのやうに生死《しやうじ》の場合《ばあひ》に平氣《へいき》でお在《いで》なされた」と、恐入《おそれい》つて尋《たづ》ねました。
すると答《こたへ》には、「否《いゝえ》、私等《わたくしども》は東京《とうきやう》へ修行《しゆぎやう》に參《まゐ》つて居《ゐ》るものでござるが、今度《こんど》國許《くにもと》に父《ちゝ》が急病《きふびやう》と申《まを》す電報《でんぱう》が懸《かゝ》つて、其《それ》で歸《かへ》るのでござるが、急《いそ》いで見舞《みま》はんければなりませんので、止《や》むを得《え》ず船《ふね》にしました。しかし父樣《おとつさん》には私達《わたしたち》二人《ふたり》の外《ほか》に、子《こ》と云《い》ふものはござらぬ、二人《ふたり》にもしもの事《こと》がありますれば、家《いへ》は絶《た》えてしまひまする。父樣《おとつさん》は善《よ》いお方《かた》で、其《それ》きり跡《あと》の斷《た》えるやうな惡《わる》い事《こと》爲置《しお》かれた方《かた》ではありませんから、私《わたくし》どもは甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》危《あぶな》い恐《こは》い目《め》に出會《であ》ひましても、安心《あんしん》でございます。それに私《わたくし》が危《あやふ》ければ、此《こ》の弟《おとうと》が助《たす》けてくれます、私《わたくし》もまた弟《おとうと》一人《ひとり》は殺《ころ》しません。其《それ》で二人《ふたり》とも大丈夫《だいぢやうぶ》と思《おも》ひますから。少《すこ》しも恐《こは》くはござらぬ。」と恁《か》う云《い》ふぢや。私《わし》にはこれまで讀《よ》んだ御經《おきやう》より、餘程《よつぽど》難有《ありがた》くて涙《なみだ》が出《で》た。まことに善知識《ぜんちしき》、そのお庇《かげ》で大《おほ》きに悟《さと》りました。
乘合《のりあひ》の衆《しう》も何《なに》がなしに、自分《じぶん》で自分《じぶん》を信仰《しんかう》なさい。船《ふね》が大丈夫《だいぢやうぶ》と信《しん》じたら乘《の》つて出《で》る、出《で》た上《うへ》では甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》颶風《はやて》が來《こ》ようが、船《ふね》が沈《しづ》まうが、體《からだ》が溺《おぼ》れようが、
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