方《かた》にはあらじと思ふ坂道の異《こと》なる方《かた》にわれはいつかおりかけゐたり。丘ひとつ越えたりけむ、戻る路《みち》はまたさきとおなじのぼりになりぬ。見渡せば、見まはせば、赤土の道幅せまく、うねりうねり果《はて》しなきに、両側つづきの躑躅《つつじ》の花、遠き方《かた》は前後を塞《ふさ》ぎて、日かげあかく咲込《さきこ》めたる空のいろの真蒼《まさお》き下に、彳《たたず》むはわれのみなり。

     鎮守《ちんじゆ》の社《やしろ》

 坂は急ならず長くもあらねど、一つ尽《つく》ればまたあらたに顕《あらわ》る。起伏あたかも大波の如く打続《うちつづ》きて、いつ坦《たん》ならむとも見えざりき。
 あまり倦《う》みたれば、一ツおりてのぼる坂の窪《くぼみ》に踞《つくば》ひし、手のあきたるまま何《なに》ならむ指もて土にかきはじめぬ。さといふ字も出来たり。くといふ字も書きたり。曲りたるもの、直《すぐ》なるもの、心の趣くままに落書《らくがき》したり。しかなせるあひだにも、頬のあたり先刻《さき》に毒虫の触れたらむと覚ゆるが、しきりにかゆければ、袖《そで》もてひまなく擦《こす》りぬ。擦りてはまたもの書き
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