などせる、なかにむつかしき字のひとつ形よく出来たるを、姉に見せばやと思ふに、俄《にわか》にその顔の見たうぞなりたる。
立《たち》あがりてゆくてを見れば、左右より小枝を組みてあはひも透《す》かで躑躅《つつじ》咲きたり。日影ひとしほ赤《あこ》うなりまさりたるに、手を見たれば掌《たなそこ》に照りそひぬ。
一文字にかけのぼりて、唯《と》見ればおなじ躑躅のだらだらおりなり。走りおりて走りのぼりつ。いつまでかかくてあらむ、こたびこそと思ふに違《たが》ひて、道はまた蜿《うね》れる坂なり。踏心地《ふみごこち》柔《やわら》かく小石ひとつあらずなりぬ。
いまだ家には遠しとみゆるに、忍びがたくも姉の顔なつかしく、しばらくも得《え》堪《た》へずなりたり。
再びかけのぼり、またかけりおりたる時、われしらず泣きてゐつ。泣きながらひたばしりに走りたれど、なほ家ある処《ところ》に至らず、坂も躑躅も少しもさきに異らずして、日の傾くぞ心細き。肩、背のあたり寒うなりぬ。ゆふ日あざやかにぱつと茜《あかね》さして、眼もあやに躑躅の花、ただ紅《くれない》の雪の降積《ふりつ》めるかと疑はる。
われは涙の声たかく、あるほど
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