なかに陀羅尼《だらに》を呪《じゆ》する聖《ひじり》の声々《こえごえ》さわやかに聞きとられつ。あはれに心細くもの凄《すご》きに、身の置処《おきどころ》あらずなりぬ。からだひとつ消えよかしと両手を肩に縋《すが》りながら顔もてその胸を押しわけたれば、襟《えり》をば掻《か》きひらきたまひつつ、乳《ち》の下にわがつむり押入《おしい》れて、両袖《りようそで》を打《うち》かさねて深くわが背《せな》を蔽《おお》ひ給《たま》へり。御仏《みほとけ》のそのをさなごを抱《いだ》きたまへるもかくこそと嬉《うれ》しきに、おちゐて、心地《ここち》すがすがしく胸のうち安く平《たい》らになりぬ。やがてぞ呪《じゆ》もはてたる。雷《らい》の音も遠ざかる。わが背《せ》をしかと抱《いだ》きたまへる姉上の腕《かいな》もゆるみたれば、ソとその懐《ふところ》より顔をいだしてこはごはその顔をば見上げつ。うつくしさはそれにもかはらでなむ、いたくもやつれたまへりけり。雨風のなほはげしく外《おもて》をうかがふことだにならざる、静まるを待てば夜《よ》もすがら暴通《あれとお》しつ。家に帰るべくもあらねば姉上は通夜《つや》したまひぬ。その一夜の風
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