雨にて、くるま山の山中、俗に九《ここの》ツ谺《こだま》といひたる谷、あけがたに杣《そま》のみいだしたるが、忽《たちま》ち淵《ふち》になりぬといふ。
里の者、町の人|皆《みな》挙《こぞ》りて見にゆく。日を経《へ》てわれも姉上とともに来《きた》り見き。その日|一天《いつてん》うららかに空の色も水の色も青く澄《す》みて、軟風《なんぷう》おもむろに小波《ささなみ》わたる淵の上には、塵《ちり》一葉《ひとは》の浮べるあらで、白き鳥の翼《つばさ》広きがゆたかに藍碧《らんぺき》なる水面を横ぎりて舞へり。
すさまじき暴風雨《あらし》なりしかな。この谷もと薬研《やげん》の如き形したりきとぞ。
幾株《いくかぶ》となき松柏《まつかしわ》の根こそぎになりて谷間に吹倒《ふきたお》されしに山腹の土《つち》落ちたまりて、底をながるる谷川をせきとめたる、おのづからなる堤防をなして、凄《すさ》まじき水をば湛《たた》へつ。一《ひと》たびこのところ決潰《けつかい》せむか、城《じよう》の端《はな》の町は水底《みなそこ》の都となるべしと、人々の恐れまどひて、怠《おこた》らず土を装《も》り石を伏《ふ》せて堅き堤防を築きしが、
前へ
次へ
全41ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング