のぞ、姉とてまことの姉なりや、さきには一《ひと》たびわれを見てその弟を忘れしことあり。塵《ちり》一つとしてわが眼に入るは、すべてものの化《け》したるにて、恐しきあやしき神のわれを悩まさむとて現《げん》じたるものならむ。さればぞ姉がわが快復《かいふく》を祈る言《ことば》もわれに心を狂はすやう、わざとさはいふならむと、一《ひと》たびおもひては堪《た》ふべからず、力あらば恣《ほしいまま》にともかくもせばやせよかし、近づかば喰ひさきくれむ、蹴飛《けと》ばしやらむ、掻《かき》むしらむ、透《すき》あらばとびいでて、九《ここの》ツ谺《こだま》とをしへたる、たうときうつくしきかのひとの許《もと》に遁《に》げ去らむと、胸の湧《わ》きたつほどこそあれ、ふたたび暗室にいましめられぬ。

     千呪陀羅尼《せんじゆだらに》

 毒ありと疑へばものも食はず、薬もいかでか飲まむ、うつくしき顔したりとて、優《やさ》しきことをいひたりとて、いつはりの姉にはわれことばもかけじ。眼にふれて見ゆるものとしいへば、たけりくるひ、罵《ののし》り叫びてあれたりしが、つひには声も出《い》でず、身も動かず、われ人をわきまへず心地
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