う気でも違ひたいよ。」としみじみと掻口説《かきくど》きたまひたり。いつのわれにはかはらじを、何とてさはあやまるや、世にただ一人なつかしき姉上までわが顔を見るごとに、気を確《たしか》に、心を鎮《しず》めよ、と涙ながらいはるるにぞ、さてはいかにしてか、心の狂ひしにはあらずやとわれとわが身を危《あや》ぶむやうそのたびになりまさりて、果《はて》はまことにものくるはしくもなりもてゆくなる。
たとへば怪《あや》しき糸の十重二十重《とえはたえ》にわが身をまとふ心地《ここち》しつ。しだいしだいに暗きなかに奥深くおちいりてゆく思《おもい》あり。それをば刈払《かりはら》ひ、遁出《のがれい》でむとするにその術《すべ》なく、すること、なすこと、人見て必ず、眉《まゆ》を顰《ひそ》め、嘲《あざけ》り、笑ひ、卑《いやし》め、罵《ののし》り、はた悲《かなし》み憂《うれ》ひなどするにぞ、気あがり、心《こころ》激《げき》し、ただじれにじれて、すべてのもの皆われをはらだたしむ。
口惜《くちお》しく腹立たしきまま身の周囲《まわり》はことごとく敵《かたき》ぞと思わるる。町も、家も、樹も、鳥籠《とりかご》も、はたそれ何らのも
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