べず、
「しつかりしろ。やい。」
とめくるめくばかり背を拍《う》ちて宙につるしながら、走りて家に帰りつ。立騒《たちさわ》ぐ召《めし》つかひどもを叱《しか》りつも細引《ほそびき》を持て来さして、しかと両手をゆはへあへず奥まりたる三畳の暗き一室《ひとま》に引立《ひつた》てゆきてそのまま柱に縛《いまし》めたり。近く寄れ、喰《くい》さきなむと思ふのみ、歯がみして睨《にら》まへたる、眼《め》の色こそ怪《あや》しくなりたれ、逆《さか》つりたる眦《まなじり》は憑《つ》きもののわざよとて、寄りたかりて口々にののしるぞ無念なりける。
おもての方《かた》さざめきて、何処《いずく》にか行《ゆ》きをれる姉上帰りましつと覚《おぼ》し、襖《ふすま》いくつかぱたぱたと音してハヤここに来たまひつ。叔父は室《しつ》の外にさへぎり迎へて、
「ま、やつと取返《とりかえ》したが、縄を解いてはならんぞ。もう眼が血走つてゐて、すきがあると駈け出すぢや。魔《エテ》どのがそれしよびくでの。」
と戒《いまし》めたり。いふことよくわが心を得たるよ、しかり、隙《ひま》だにあらむにはいかでかここにとどまるべき。
「あ。」とばかりにいら
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