。乳《ちち》をのまむといふを姉上は許したまはず。
 ふところをかいさぐれば常に叱《しか》りたまふなり。母上みまかりたまひてよりこのかた三年《みとせ》を経《へ》つ。乳《ち》の味は忘れざりしかど、いまふくめられたるはそれには似ざりき。垂玉《すいぎよく》の乳房《ちぶさ》ただ淡雪《あわゆき》の如く含むと舌にきえて触るるものなく、すずしき唾《つば》のみぞあふれいでたる。
 軽く背《せな》をさすられて、われ現《うつつ》になる時、屋《や》の棟《むね》、天井の上と覚《おぼ》し、凄《すさ》まじき音してしばらくは鳴りも止《や》まず。ここにつむじ風吹くと柱《はしら》動く恐しさに、わななき取《とり》つくを抱《だ》きしめつつ、
「あれ、お客があるんだから、もう今夜は堪忍《かんにん》しておくれよ、いけません。」
 とキとのたまへば、やがてぞ静まりける。
「恐《こわ》くはないよ。鼠《ねずみ》だもの。」
 とある、さりげなきも、われはなほその響《ひびき》のうちにものの叫びたる声せしが耳に残りてふるへたり。
 うつくしき人はなかばのりいでたまひて、とある蒔絵《まきえ》ものの手箱のなかより、一口《ひとふり》の守刀《まもり
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