わるいのだから、落着《おちつ》いて、ね、気をしづめるのだよ、可《い》いかい。」
 われはさからはで、ただ眼《め》をもて答へぬ。
「どれ。」といひて立つたる折、のしのしと道芝《みちしば》を踏む音して、つづれをまとうたる老夫《おやじ》の、顔の色いと赤きが縁《えん》近《ちこ》う入《はい》り来つ。
「はい、これはお児《こ》さまがござらつせえたの、可愛《かわい》いお児じや、お前様も嬉《うれ》しかろ。ははは、どりや、またいつものを頂きましよか。」
 腰をななめにうつむきて、ひつたりとかの筧《かけい》に顔をあて、口をおしつけてごつごつごつとたてつづけにのみたるが、ふツといきを吹きて空を仰《あお》ぎぬ。
「やれやれ甘いことかな。はい、参ります。」
 と踵《くびす》を返すを、こなたより呼びたまひぬ。
「ぢいや、御苦労だが。また来ておくれ、この児《こ》を返さねばならぬから。」
「あいあい。」
 と答へて去る。山風《やまかぜ》颯《さつ》とおろして、彼《か》の白き鳥また翔《た》ちおりつ。黒き盥《たらい》のふちに乗りて羽《は》づくろひして静まりぬ。
「もう、風邪を引かないやうに寝させてあげよう、どれそんなら私も
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