に恐しくなりて、家路に帰らむと思ふ時、わがゐたる一株《ひとかぶ》の躑躅のなかより、羽音《はおと》たかく、虫のつと立ちて頬を掠《かす》めしが、かなたに飛びて、およそ五、六尺|隔《へだ》てたる処《ところ》に礫《つぶて》のありたるそのわきにとどまりぬ。羽をふるふさまも見えたり。手をあげて走りかかれば、ぱつとまた立ちあがりて、おなじ距離五、六尺ばかりのところにとまりたり。そのまま小石を拾ひあげて狙《ねら》ひうちし、石はそれぬ。虫はくるりと一ツまはりて、また旧《もと》のやうにぞをる。追ひかくれば迅《はや》くもまた遁《に》げぬ。遁ぐるが遠くには去らず、いつもおなじほどのあはひを置きてはキラキラとささやかなる羽《は》ばたきして、鷹揚《おうよう》にその二《ふた》すぢの細き髯《ひげ》を上下《うえした》にわづくりておし動かすぞいと憎《にく》さげなりける。
われは足踏《あしぶみ》して心《こころ》いらてり。そのゐたるあとを踏みにじりて、
「畜生、畜生。」
と呟《つぶや》きざま、躍《おど》りかかりてハタと打ちし、拳《こぶし》はいたづらに土によごれぬ。
渠《かれ》は一足《ひとあし》先なる方《かた》に悠々《ゆ
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