ものの口惜《くちお》しければ、とにかくもならばとてなむ。
坂もおりたり、のぼりたり、大路《おおみち》と覚しき町にも出《い》でたり、暗き径《こみち》も辿《たど》りたり、野もよこぎりぬ。畦《あぜ》も越えぬ。あとをも見ずて駈けたりし。
道いかばかりなりけむ、漫々たる水面やみのなかに銀河の如く横《よこた》はりて、黒き、恐しき森四方をかこめる、大沼《おおぬま》とも覚しきが、前途《ゆくて》を塞《ふさ》ぐと覚ゆる蘆《あし》の葉の繁きがなかにわが身体《からだ》倒れたる、あとは知らず。
五位鷺《ごいさぎ》
眼のふち清々《すがすが》しく、涼しき薫《かおり》つよく薫ると心着《こころづ》く、身は柔《やわら》かき蒲団《ふとん》の上に臥したり。やや枕をもたげて見る、竹縁《ちくえん》の障子《しようじ》あけ放《はな》して、庭つづきに向ひなる山懐《やまふところ》に、緑の草の、ぬれ色青く生茂《おいしげ》りつ。その半腹《はんぷく》にかかりある厳角《いわかど》の苔《こけ》のなめらかなるに、一挺《いつちよう》はだか蝋《ろう》に灯《ひ》ともしたる灯影《ほかげ》すずしく、筧《かけい》の水むくむくと湧《わ》きて玉
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