《あなや》と叫びぬ。
人顔《ひとがお》のさだかならぬ時、暗き隅《すみ》に行《ゆ》くべからず、たそがれの片隅には、怪しきものゐて人を惑《まど》はすと、姉上の教へしことあり。
われは茫然《ぼうぜん》として眼《まなこ》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》りぬ。足ふるひたれば動きもならず、固くなりて立ちすくみたる、左手《ゆんで》に坂あり。穴の如く、その底よりは風の吹き出《い》づると思ふ黒《こく》闇々《あんあん》たる坂下より、ものののぼるやうなれば、ここにあらば捕へられむと恐しく、とかうの思慮もなさで社《やしろ》の裏の狭きなかににげ入りつ。眼を塞《ふさ》ぎ、呼吸《いき》をころしてひそみたるに、四足《よつあし》のものの歩むけはひして、社の前を横ぎりたり。
われは人心地《ひとごこち》もあらで見られじとのみひたすら手足を縮めつ。さるにてもさきの女《ひと》のうつくしかりし顔、優《やさし》かりし眼を忘れず。ここをわれに教へしを、今にして思へばかくれたる児《こ》どものありかにあらで、何らか恐しきもののわれを捕へむとするを、ここに潜《ひそ》め、助かるべしとて、導きしにはあらずやなど、はか
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