ざ》す音しつ、闃《げき》としてものも聞えずなりぬ。
親しき友にはあらず。常にうとましき児どもなれば、かかる機会《おり》を得てわれをば苦めむとや企《たく》みけむ。身を隠したるまま密《ひそか》に遁《に》げ去りたらむには、探せばとて獲《え》らるべき。益《やく》もなきことをとふと思ひうかぶに、うちすてて踵《くびす》をかへしつ。さるにても万一《もし》わがみいだすを待ちてあらばいつまでも出《い》でくることを得ざるべし、それもまたはかりがたしと、心《こころ》迷《まよ》ひて、とつ、おいつ、徒《いたずら》に立ちて困《こう》ずる折しも、何処《いずく》より来《きた》りしとも見えず、暗うなりたる境内の、うつくしく掃《は》いたる土のひろびろと灰色なせるに際立《きわだ》ちて、顔の色白く、うつくしき人、いつかわが傍《かたわら》にゐて、うつむきざまにわれをば見き。
極めて丈高《たけたか》き女なりし、その手を懐《ふところ》にして肩を垂れたり。優《やさ》しきこゑにて、
「こちらへおいで。こちら。」
といひて前《さき》に立ちて導きたり。見知りたる女《ひと》にあらねど、うつくしき顔の笑《えみ》をば含みたる、よき人と思ひ
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