色の紐に両手を挟《はさ》んで、花籃《はなかご》を揺直《ゆりなお》し、
「貴方《あなた》、その樵夫《きこり》の衆《しゅう》にお尋ねなすって可《よ》うございました。そんなに嶮《けわ》しい坂ではございませんが、些《ちっ》とも人が通《かよ》いませんから、誠に知れにくいのでございます。」
「この奥の知れない山の中へ入るのに、目標《めじるし》があの石ばかりじゃ分らんではないかね。
 それも、南北《みなみきた》、何方《どちら》か医王山道《いおうざんみち》とでも鑿《ほ》りつけてあればまだしもだけれど、唯《ただ》河原に転《ころが》っている、ごろた石の大きいような、その背後《うしろ》から草の下に細い道があるんだもの、ちょいと間違えようものなら、半年|経歴《へめぐ》っても頂《いただき》には行《ゆ》かれないと、樵夫《きこり》も言ったんだが、全体何だって、そんなに秘《かく》して置く山だろう。全くあの石の裏より外《ほか》に、何処《どこ》も路はないのだろうか。」
「ございませんとも、この路筋《みちすじ》さえ御存じで在《い》らっしゃれば、世を離れました寂しさばかりで、獣《けだもの》も可恐《おそろしい》のはおりませんが
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