》な小座敷《こざしき》へ寝かされて、目の覚める時、物の欲しい時、咽《のど》の乾く時、涙の出る時、何時《いつ》もその娘が顔を見せない事はなかったです。
 自分でも、もう、病気が復《なお》ったと思った晩、手を曳いて、てらてら光る長い廊下《ろうか》を、湯殿《ゆどの》へ連れて行って、一所《いっしょ》に透通《すきとお》るような温泉《いでゆ》を浴びて、岩を平《たいら》にした湯槽《ゆぶね》の傍《わき》で、すっかり体を流してから、櫛《くし》を抜いて、私の髪を柔《やわらか》く梳《す》いてくれる二櫛三櫛《ふたくしみくし》、やがてその櫛を湯殿の岩の上から、廊下の灯《あかり》に透《すか》して、気高い横顔で、熟《じっ》と見て、ああ好《い》い事、美しい髪も抜けず、汚《きたな》い虫も付かなかったと言いました。私も気がさして一所《いっしょ》に櫛を瞶《みつ》めたが、自分の膚《はだ》も、人の体も、その時くらい清く、白く美しいのは見た事がない。
 私は新しい着物を着せられ、娘は桃色の扱帯《しごき》のまま、また手を曳いて、今度は裏梯子《うらばしご》から二階へ上《あが》った。その段を昇り切ると、取着《とッつき》に一室《ひとま》
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