れに今じゃ、三里ばかり向うを汽車が素通りにして行《ゆ》くようになったから、人通《ひとどおり》もなし。大方、その馬士《まご》も、老人《としより》も、もうこの世の者じゃあるまいと思う、私は何だかその人たちの、あのまま影を埋《うず》めた、丁《ちょう》どその上を、姉《ねえ》さん。」
 花売《はなうり》は後姿《うしろすがた》のまま引留《ひきと》められたようになって停《とま》った。
「貴女《あなた》と二人で歩行《ある》いているように思うですがね。」
「それからどう遊ばした、まあお話しなさいまし。」
 と静《しずか》に前へ。高坂も徐《おもむ》ろに、
「娘が来て世話をするまで、私《わし》には衣服《きもの》を着せる才覚もない。暑い時節じゃで、何ともなかろが、さぞ餒《ひもじ》かろうで、これでも食わっしゃれって。
 囲炉裡《いろり》の灰の中に、ぶすぶすと燻《くすぶ》っていたのを、抜き出してくれたのは、串《くし》に刺した茄子《なす》の焼いたんで。
 ぶくぶく樺色《かばいろ》に膨《ふく》れて、湯気《ゆげ》が立っていたです。
 生豆腐《なまどうふ》の手掴《てづかみ》に比べては、勿体《もったい》ない御料理と思った。
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