の、炉《ろ》の縁《ふち》に、膝に手を置いて蹲《うずくま》っていた、十《とお》ばかりも年上らしいお媼《ばあ》さん。
 見兼ねたか、縁側《えんがわ》から摺《ず》って下《お》り、ごつごつ転がった石塊《いしころ》を跨《また》いで、藤棚を潜《くぐ》って顔を出したが、柔和《にゅうわ》な面相《おもざし》、色が白い。
 小児衆《こどもしゅう》小児衆、私《わし》が許《とこ》へござれ、と言う。疾《はや》く白媼《しろうば》が家《うち》へ行《ゆ》かっしゃい、借《かり》がなくば、此処《ここ》へ馬を繋ぐではないと、馬士《まご》は腰の胴乱《どうらん》に煙管《きせる》をぐっと突込《つッこ》んだ。
 そこで裸体《はだか》で手を曳《ひ》かれて、土間の隅を抜けて、隣家《となり》へ連込《つれこ》まれる時分には、鳶《とび》が鳴いて、遠くで大勢の人声、祭礼《まつり》の太鼓《たいこ》が聞えました。」
 高坂は打案《うちあん》じ、
「渡場《わたしば》からこちらは、一生私が忘れない処《ところ》なんだね、で今度来る時も、前《さき》の世の旅を二度する気で、松一本、橋一ツも心をつけて見たんだけれども、それらしい家もなく、柳の樹も分らない。そ
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