銭《ぜに》を噛ませるようじゃけれど、一つ振舞《ふるも》うて遣《や》ろかいと、汚《きたな》い土間に縁台《えんだい》を並べた、狭ッくるしい暗い隅《すみ》の、苔《こけ》の生えた桶《おけ》の中から、豆腐《とうふ》を半挺《はんちょう》、皺手《しわで》に白く積んで、そりゃそりゃと、頬辺《ほっぺた》の処《ところ》へ突出《つきだ》してくれたですが、どうしてこれが食べられますか。
 そのくせ腹は干《ほ》されたように空いていましたが、胸一杯になって、頭《かぶり》を掉《ふ》ると、はて食好《しょくごのみ》をする犬の、と呟《つぶや》いて、ぶくりとまた水へ落して、これゃ、慈悲を享《う》けぬ餓鬼《がき》め、出て失《う》せと、私の胸へ突懸《つッか》けた皺だらけの手の黒さ、顔も漆《うるし》で固めたよう。
 黒婆《くろばば》どの、情《なさけ》ない事せまいと、名もなるほど黒婆というのか、馬士《まご》が中へ割って入《い》ると、貸《かし》を返せ、この人足めと怒鳴《どな》ったです。するとその豆腐の桶のある後《うしろ》が、蜘蛛《くも》の巣だらけの藤棚で、これを地境《じざかい》にして壁も垣《かき》もない隣家《となり》の小家《こいえ》
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